女一人で海外出張: 交渉の場は戦場

2017年10月9日月曜日

交渉の場は戦場

 普段、私が行っていた海外出張は平和な案件が多かったです。時々、敵・味方という立場で議論をする場合もありました。その場合、交渉は戦場になります。相手側と条件を詰める際の交渉の場も戦場になります。戦う海外出張は、瞬発力と持久力と強い意志が求められるので、会議が終わった後は激しく消耗します。私の場合、アドレナリンが出っぱなしになり、その晩は眠れなくなります。

 今になって当時を思い返すと、
”こんな交渉、もう二度とやりたくない!”
”これ、下っぱの私がやる仕事じゃないでしょ!”
”本来、上司の仕事なのに、話がスムーズになってから顔出してくるんじゃないよ。”
と思う日々でした。
 
 ところで、日本人が海外で行っている交渉って、基本的に相手の言う事丸飲みですよね。丸飲みしたうえに、さらに付け入られているケースも見ます。それって交渉と言わないし。波風立てず円満に直ぐ終わらせるために、ただ自分が楽して良い顔したいだけですよね。
 散々譲歩しまくった言い訳が『相手に花を持たせてあげた。』『向こうの国でやるんだしさ、仲良くしたいもの。』でした。(おじさま達に多いような・・・。だったら、国や会社のお金でなく、自分のお金で花持たせろよ!と思います。)

 外国人も日本人の性質を良く分かっていて、自分達に有利な条件を飲ませる時は、日本人がNOと言えないような、ほんわかな雰囲気作りをします。日本人は権威者や場の雰囲気(和とか円満とかに)に従うって思われているようです。

 新興国に行くと、弱者の立場を強調するケースが増えてきます。人の良い日本人は人道的な雰囲気にのみ込まれて、ついつい言い値で払いがちです。

 以前の職場は、上役の方々が、戦うことも良しとしていたので、こういう交渉になる時に、下っぱの私を投入していました。
 私に与えられた指令は、
「いいか、相手に良い顔して来るんじゃないぞ。」
「今回、何も決めて来るな。」
でした。
 当時、未だウブだった私は(未だにウブだけど・・)、
「は?何も決めない会議をしに行く意味あるんですか?」
なんて聞いてたっけ。はい、アホでした。指令の心は、『戦って来い!』だったのです。

 その会議の場では、先方は、私に「Yes.」と言わせようとしていました。
私が言ったたセリフは
「No. 」
瞬間、白人さん達は『こいつはバカか?理解してる?』な顔をしました。
 目の前にいる、日本人の小娘の言動に、あからさまに戸惑っていました。(飴と鞭をちらつかせて、Yesと言うしかないような雰囲気作りをする、が、彼らのA案で、それで十分だと思われていた。まったく!犬の調教か!っつうの!!日本がアメリカの属国だからとバカにしてんじゃないよ!)
 もう一度、笑顔で「No.」。「こんな条件、あなただったら呑みます?」「呑むと思って、こちらに提案しているのなら、逆にあなたが呑んで下さると嬉しいな。」

 先方は急きょ、私の同行者達(企業人の日本人)に非常に親しげに友好的に接し初め、私を孤立させる戦法をとりました。外堀を埋めようとしているのでしょう。
 私が職場から受けた指令を知らない同行者達は、先方と一緒になって私を説得にかかります。皆で何を言っても、NoはNoですよ。そもそも、そんな条件呑めるか!
 雰囲気にのまれてるのか、戦いから逃げたいのか、日本チームの男達はファイティングポーズすらとらなかった・・・尻尾ふって、腹出して見せていましたよ。同じ国民として恥ずかしいんですけど。

 その場は何も決めずにそれで終わり。
 お通夜みたいな帰路、私は同行者のトップの人にだけ「『自分達の組織は両者の中で中立だ』と言って、彼らの中に入って仲良くして、向こうの内情探って欲しい。で、しっかり逐次私に連絡を上げて。彼らには内緒で。」とお願いしました。

❋ ❋ ❋ ❋ ❋ ❋

 気合いを入れて臨む議論は、私には大変でした。性格の基本がLOVE&PEACEでできているので、『世界平和で皆仲良し、世の中を良くするために頑張るの。』の延長で働きたいのに、実際はエゴ丸出しの主張がぶつかってきます。私には荷が重いと感じていました。また、新興国対応だと、いっつも最後は金!金!金!になるので、もういい加減にしてよ。と思っていました。

 そんな時に、私の様子を見ていた隣の部の次長が、私の目を覚ます言葉をかけてくれました。
「Sabiさん、相手はね、ゲームしているだけなんだよ。」
 はっとしました。目から鱗が落ちた言葉でした。
 相手は、こちらからお金を少しでも多く取るゲームをしているだけなんです。プロジェクトに熱くなりすぎ、相手方の人格まで否定するくらい疑い始めていた私は、この言葉で一気にクールダウンできました。

 我々はプレイヤーとして戦略・戦術を練ってゲームをし、ゲームの合間や一戦終わった後は、食事に誘い、冗談を言ったりしながら、最後は友達になっていきました。振り返ってみると、あの交渉の場でYes.Yes.なんて良い顔してたら、彼らとここまで仲良くなれていたかな?ただのカモや財布と見られていたかも。がっぷり四つに組み合った彼らとは、当時の仕事を離れた今でも連絡を取り合っていますし、これからもずっとそうでしょう。

 この経験があったから、基本がLOVE&PEACEの私でも、タフな交渉の場に参加できていたのだと思います。(でも、もうやりたくないな。アドレナリン出っぱなしで一睡もできなかった翌日、体と心臓が痛くなって、このままじゃ、異国の地で、いつか倒れる。と、思ったから。)

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